第三章 サーキット計画


その年、ウィリアムズ・ホンダが早々とコンストラクターズチャンピオンを決め。鈴鹿サーキットで行なわれた日本グランプリの予選では、ナイジェル・マンセルがクラッシュして、背骨を痛めた事で、自動的にネルソン・ピケがドライバーズチャンピオンをものにした。

慌ただしかったF−1グランプリのシーズンが終って間もない頃・・・。
F−1放映推進委員会の、ちょっと気の早い忘年会が、市内のホテルで開かれた。
「いやーっ、今年はF−1がぜーんぶ観られて最高でした!。ホンダばんざーい。ピケばんざーい!。」
早くもアルコールが回った河村が、大声で場を盛り上げている・・・。
「霞先生!、今年は本当にお世話になりました。」
テレビ秋田の相田が、秋明ホンダの猪田社長と、ホンダ技研秋田支社の松永所長を伴って霞の前に表われる。

「こちらここそ皆の夢を叶えて下さって、本当にありがとうございました。来年も宜しくお願いします・・・・。」
「もちろんですとも、実は、東京の本社の方からも、いったい秋田はどうなっちゃったんだと感心される始末ですよ。CMの効果も上がり、昨年対比で、40%の販売高増ですから、言う事無しですょ。」
「それともう一つ、東京の本社の方からも、推進委員会の皆様に、くれぐれも宜しくと言って来ております。何か他に、お役に立てる事があったら、何なりと言って下さい・・・。」
「ウワー、光栄です・・・。それでは後でみんなと相談して、何かおねだりさせて貰うかもしれません・・・・。」
「結構ですとも、どうぞ遠慮なく・・・!」

こんな三人の会話を傍で聞いていた博士と河村が・・・・
「ねえ、霞さん、僕らいつもテレビとか雑誌でレースを見るだけなんで、もし出来るもんだったら秋田でも一度本物のレースを開催出来るように協力して貰えないかなー。」
「そうですよ、何も一流のコースじゃなくたって楽しいレースは出来ると思うんだ・・・・・・、ほら、有名なルマンだってそうだし、マン島のレースっていうのも、普段は一般の道路として使っているコースなんだから・・・。秋田にならいくらでもそれくらいの事を出来そうな場所はあると思うんだけど・・・・。」
「たとえば・・・?」
「そうだなー、あっ、そうだ、ほら、旧空港跡地の滑走路・・・!、あそこでドラッグレースをやるとか、パイロンを立ててジムカーナをやったらどう?・・・。」
「河村君、あそこは前にもそんな話が出たんだけど、今、県警の機動隊が訓練に使っていて、許可してくれなかったんだから、しばらく無理だと思うよ・・・。」
「そうか・・・やっぱりね・・・。」

霞たちの話題にいつの間にかメンバーみんなが加わっていた。
「そうだ!・・・」
ドクター白井が元気に話し始めた・・・・。
「マン島、というのは島の中をグルグルまわるんだろ・・・。」
「だったら丁度手頃な島があるじゃない・・・、近くに・・・。一周60km位で、人口も数百世帯しかないだだっぴろい島が・・・。」
「秋田にそんな島がありましたか・・・?」
「あるとも、おまけに橋まで付いているから船に乗る必要もないし・・・。」
「うーん、何処の島だろう・・・?」
「それではヒントを・・・、ヤ・ミ・ゴ・メ・・・・!」
「わかった! 大潟村! 八郎潟でしょ・・・。」
「大当りー、どう? 良いアイデアだと思わんか?・・・。」
「騒音問題は?」
「問題・・無し!」
「残存湖に囲まれているからゲートは5か所しかない橋の上でOK!」
「島の外周を走っている道路はたしか舗装されていたと思うよ・・・・。」
「大潟村は例の<闇ゴメ騒ぎ>でイメージを落としているから、ここいらで何か明るい話題を作る為に絶対乗って来ると思うんだ・・・・。」

「それではレースの冠に名前を使ってあげるといいかも・・・。」
「大潟村アムス・カップ争奪耐久レース。」
「優勝の副賞は、名物アムスメロン1tと、あきたこまち一年分・・・・。」
「集まった観客がみんなでお土産に米を買ってかえれば、闇米をわざわざ隠れて運び出さなくたって済むし・・・・、これは一石三鳥のアイデアですよ・・・・」
「いいですねー、それ行けますよ・・・。このプラン記事にして良いですか・・・?」
新聞記者の白石が、霞に尋ねた。
「まだ、本当に夢のプランだから、責任は持てないけれど、それでも良ければ、是非盛り上げて欲しいわ・・・・。」
「よし、それじゃああすの夜、早速みんなでミーティングだ、その時の写真を使って記事にします。みんな、せいぜいお洒落して来て下さいよ・・・!」
「よーし、諸君、次の我々の目標は、耐久レースの誘致だ! いいかな?」
「いいとも・・・!」

全員一致で大声を張り上げる愉快な仲間たち・・・・
「河村、おまえ必ず床屋に行ってこいよ、新聞に写真が乗ったら彼女が出来るかもしれんぞ・・・。」
「解ってますよ・・・! 早速明日の朝、ウェーブカンパニーに予約を入れますから・・・・、霞センセ! 特に宜しくお願いしまーす。」

「確かに承りました・・・。毎度ありがとうございます・・・。」
ハハハハハ・・・・・! 一同、大笑い・・・・・!

一週間後の新聞に白石の記事が載った。
『若者グループ、耐久レースで村おこし・・・』
<八郎潟の地形を利用して、世界に名だたる耐久レースを・・・・>
<まだまだ夢のような話ではあるが、若者たちのエネルギーは不可能を可能に変えるだけのパワーを秘めている・・・。決して夢で終らせて欲しくない楽しいプランである。>
こう結んでいた白石の記事は、様々な方面にも波紋を投げかけていた・・・。

この記事が出てから3日程経った日の午後・・・・
「先生、市役所からお電話です・・・。」
「市役所? 何かしら・・・・」
「もしもし、お待たせしました、秋山です。」
「霞ちゃん!、俺だよ、桜井! 覚えているか? 魚屋の・・・」
「何だ、タカちゃん?、タカちゃんでしょ・・・」
「ああ、 久し振りだなあ・・・・」
「実は、ちょっと相談があってそっちに行きたいと思うんだけど、時間を空けて貰えない
か?・・・」
「うん、じゃ、4時でいい?。」
「OK、4時に行く・・・、じゃああとで!。」

「じつは・・・、三日前の新聞の記事の件なんだけど・・・・。」
「ああ、アムス杯のレースの事でしょ!。」
「うん、あのプランは、どこまで進んでるの?・・・」
「まだ、みんなのアイデアをまとめているところ・・・・。」
「じゃあ、地元との交渉は・・・?」
「まだ全く話してはいないの。・・・今のところは・・・ね!」
「ホンダが協力してくれているって本当?。」
「ええ!、それは確かよ。まだ、どういう形で協力して貰うのかは決まっていないけど、いろいろとアドバイスをして貰っているところ・・・・。」
「じつは、これは内密の話なんだけれど、今、俺たち市の都市計画課の中でも、同じようなプランを出しているところなんだ。それで、うちの第一助役が、是非霞ちゃんに会って話を聞きたいって言うんだ。」
「場合によっては、このプラン、大潟村ではなくて、秋田市にもって来れないかなと思ってね・・・・。」

「本当?、 でも、もしそれが本当だとしたら、絶対秋田市でやった方がいい、是非やるべきよ!。何だって協力するから、タカちゃんこの話、絶対進めて・・・・。」
「よし、 じゃあ明日の朝10時に市役所に来て欲しい・・・。」
「了解!」

翌日、市役所の都市計画課、桜井の机の上でその計画書を見せられた霞は、ひょっとすれば本当に夢が現実になりそうな予感がした。
「今、秋田市の外環状線という高速道路のプランがあるんだ。これがその地図。」
「そして、ここと、ここがインターチェンジの予定地。」
「ここをちょっと見て貰いたいんだが、東京のコンサルタント会社に調べさせたら、この辺りがサーキット等のモータースポーツ関連の施設を造るのに適していて、将来の秋田市にとって大きなプラスになるだろう・・・という報告が出ているんだ。」

「なる程、これだけの広さがあれば、確かに思う存分走れるだけの面積はあるわね・・。」
「だろー、それで秋田市は、もっとモータースポーツに、目を向けるべきだって、そう言ってきているんだ・・・。」
「同感!、私もこれからモータースポーツは、ますますメジャーなスポーツになると思うし、その設備も不足する時が絶対来ると思うわ・・・。」

「よし、 じゃあ助役のところへ一緒に行こう!・・・。」

秋田市の第一助役寺田は、市政始まって以来最年少でその籍に就いたという実力者で、40代の後半にさしかかった今でも、多くの市民に、いつも何かを期待させるエネルギッシュな若々しい人物であった。
「助役! お話の秋山霞さんをお連れしました。」
「さっき上で、 例のプランに目を通して貰ったんですが、結構行けそうだという事でした。」
「良くいらっしゃいました、寺田です。 お話は伺っています、この桜井とは同級生だそうで・・・。」
「ええ、 子供の頃、良くいじめられました・・・。」
「霞ちゃん、助役本気にするから困るよ・・・・。」
「桜井君! 君はこんな美人をいじめていたなんて、許せないぞ、これは重大な事だ・・・・ハハハ!」
「本当に気の合う、いい友達だったんです・・・、タカちゃ・・いえ桜井さんとは。」
「ところで、さっそくですが、このプランをどう思いますか・・・?。」
「地形との関係から、正確な場所とかレイアウトは変わるでしょうが、モータースポーツ特にサーキットの建設プランは絶対にいい事だと思います。 私の知っている範囲ですけれど、今、全国にサーキットと名のつく場所は10か所程あるのですが、世界グランプリが開催出来るのは、鈴鹿サーキットぐらいのもので、4輪の場合は、ほとんどが国内格式のローカルレースだと聞いています。」
「もっとも大きなイベントであるF−1レースを例にとれば、今年の場合テレビ中継が世界で50か国、その中継を見た人の数は、延150から170億人にも昇るといわれています。」
「一回のレースで、サーキットに足を運ぶ人の数でも、10万から20万人といわれますから、プロ野球の比ではないくらいメジャーなスポーツになったと言えます。さいわいと言っては何ですが、騒音の問題だとか、広大な敷地が必要という条件からして、都会には造りたくとも造れない・・・。 だから地方の、しかも秋田のように広い土地のある地域には絶対に有利なプランだと思います。」
「なる程、それではこのコンサルタントの報告書も、まんざらいい加減なものでもないといえますね。」
「ええ、 それに今、秋田は若者たちの人口の流出問題を抱えていますでしょう。 もしサーキットが出来れば、しかもそれが超一流のものであったなら、彼等にとって地元秋田に就職する為の大きな魅力になる筈です・・・。」

「わかりました、それではこのプランを積極的に進めてみる事にしましょう。 それと、もし差し支えがなければ、資料をもう少し集めて貰いたい・・・。」
「かしこまりました、鈴鹿サーキットの資料なら、いくらでも本田技研の方から頂ける事になっていますから、さっそく揃えて貰います。」
「それはあり難い、それこそ、もし話が聞けるんでしたら、私が東京まで出向いてお願いしてもいいと思っていますから、宜しくお伝え下さい・・・。」

その足で、さっそくホンダ技研秋田支社の松永所長を訪ねた霞は、今しがた、寺田助役と話していた内容を、そっくり伝えた・・・。
「・・・・・という訳なんです。」
「いやー、びっくりした、本当ですか霞さん・・・!」
「もしこれが本当だとしたら、大変な事ですよ。 今まで自治体が積極的にサーキットを誘致した例はありませんからね・・・・。良く分かりました、本社の方に話をつけて、出来るだけ早めに、助役に会って貰うようにセッティングしましょう。」

松永の対応は速く、二週間後にその会見の日が決まった・・・・。

その日、青山の本田技研本社ビルに、約束よりも15分程早く着いた霞は、ショールームで、助役の表われるのを待っていた。

大きなビデオスクリーンの前、予定の時刻の5分前に、寺田助役は秘書を連れて現われた。
もちろんその頃には秋田支社の松永も到着していた。
正面の階段を上ったところにあるロビーは、たくさんの関連業者の人たちでごった返していた。
パネルで囲まれた奥の会議室に入り、紹介されたのは、モーターレクリエーション推進本部の、上田と横井であった。

一通りの紹介が終り、話し始めたのは横井であった。
「概略は秋田の所長の方から聞いておりますが、サーキット建設の件、寺田助役としては本気でお考えになっていらっしゃるんですね・・・。」
「と申しますのは・・・、私どもこの仕事をしておりますと、全国から年に20〜30件程、同様の相談を受けておりまして、大概は単なる土地利用の為の思い付きが多く、いつもお止めになられる事をアドバイスしておるんです。」
「いや、お気を悪くなさらないで下さい。 それだけ大変な事業でして、ゴルフ場のように、すぐに資金回収が出来るようなものと違い、しっかりとした長期計画を持たないととても無理な事業だという事を申し上げたかったのであります。」
「解ります、前もって戴いた資料でも、十分解っておるつもりです。20〜30年がかりの長期の事業で、しかも利益の薄い事業だという事も・・・。」

「私ども秋田市としては、若者が集まって夢を育てて行けるような計画を、ここ数年来ずっと模索していたところなのです、もし、可能なものであれば是非ともこのプランを実現させてみたいと考えております・・・。」
「分かりました、私どもでお役に立てる事でしたら、全面的にご協力させて頂く事に致しましょう・・・。」

「それでは、具体的な事に・・・・・・」
大きな地図を広げて説明を始めた寺田助役の瞳が、一つの大きなプロジェクトをみつめて、キラリと光るのを霞は感じ取っていた・・・。」


一通りの打ち合わせが済んで、本社ビルから出た霞たち一行は、とりあえず道を隔てた角にある喫茶店に腰を下ろした・・・。
「いやー、皆さんありがとう・・・。これでもしかするとこの話はうまく進むかもしれません・・・。本当にありがとう・・・。」
深々と頭を下げる寺田助役に、一同恐縮して・・・・
「とんでもない、私たちこそ寺田助役のおかげで、夢が実現する事になるかもしれないんですから、本当に感激です・・・・。」

その日、青山で、寺田助役たちと別れた霞は、乃木坂にある自分のスタジオとは逆の方向、すなわち表参道に向かって歩き始めた。
この今の喜びを、是非とも沢木に話したかったのである。

「ねえ先生・・・、聞いて下さい!。 じつは、秋田に世界一のサーキットが出来るかもしれないんです・・・・。」
いましがた青山のホンダ技研の本社ビルで行なわれた会議の事を、残らず沢木に報告する霞であった。
「そいつはすごい! よくホンダが協力すると言ったものだね・・・。」
「ええ、 私も信じられないの・・・・。きっと寺田助役の情熱に打たれたのだと思います。」
「それと、霞さんの無邪気な情熱も・・・・ね!。」
「私のは単なる図々しいだけの、子供みたいなおねだりなんだから、あんまりあてにはなりません・・・・。」
「いやいや、そんな事はない!、私、いつからかそう強く感じるようになったんだが、霞さんには他人を呑み込んで自分の思った方向に動かしてしまう、不思議な能力というのかな・・・、そんなパワーのようなものがあるように思えるんだ・・・・。」
「あなたが強く思えば、どんなに困難な事でも可能になってしまう・・・、そんな力があなたには絶対にありますよ!。」
「何だか、魔女のようですね・・・。」
「そうだ! 君は魔女かもしれない。 おお怖い・・・!。」
「またー、意地悪なんだから・・・。」
「いずれにしても、きっと実現出来ると信じてやりなさい。あなたがそれを望むなら・・・。」
「はい!・・・。」
「よし! 今日はお祝をしなくては・・・」
「先生、お忙しいんじゃありません・・・?。」
「いつだって忙しいんだから一緒さ・・・。」
「オーイ、江田君、ちょっと来てくれ・・・!」
インターホンで、秘書の江田を呼ぶ・・・。
「はい、 何でしょうか・・・?。」
「江田君! 悪いが、今から頭が腹痛を起こす事になったんで、あとは宜しく頼む・・。『ラ・ギュウ』とか、『バードランド』には間違ってもいかないから、何かあったら自宅に連絡してくれ・・・。」
「分かりました、今夜のミーティングで、もし何か問題点が発生した時だけ、ご連絡致します・・・。」
「どうぞお大事に・・・!、秋山様、それでは宜しくお願いします・・・、この病人を・・・。」
「まあ!、先生ったら・・・いいんですか?。」
「たまには良いさ・・・、な、 江田君・・・。」
「ええ、 秋山さんがご一緒ならば許してあげます・・・。」
「済みません・・・。」
「お大事に・・・・!」

沢木と霞はタクシーを拾うと、六本木防衛庁前の焼き肉店『ラ・ギュウ』に向かう。
「ちゃんとああやって行き先を決めておいたから、緊急の時は連絡してくるだろうし、今夜はゆっくりしよう・・・。」
その店は、新築のビルの地下一階にあり、天然石と漆塗りのテーブルがとても綺麗なコントラストを見せている落ち着いた良い店であった。
「ここはね、うちの若い連中がデザインしたんです。 天然石と、この漆が特長なんだけど、工事の時は大変だったんですよ・・・。」
「特に、このテーブルの塗が乾かなくて・・・、偉い目にあいました・・・・。」
「開店記念のパーティの時に、出席した人たちが、みんな漆にかぶれてしまいましてね、腕がこんなに晴れ上がってしまい大目玉を戴いたんですよ・・・、ここの支配人に・・・ほら、あの女の人・・・・」
「沢木先生!、いらっしゃいませ・・・・・。また何か悪口をおっしゃっていたんでしょう・・・。」
「そう!、支配人にこっぴどくしかられた時の事を話していたんだ・・・・、この秋山さんに・・・。」
「秋山です、宜しく。」
「そうなんですよ、沢木先生ったらうちのお客様みんなの腕を、まるでポパイの様にしちゃったんですから・・・ね!。 でも、そのすぐあとに皆さん一人一人にお電話をして、謝って下さったんですよ・・・。有名な沢木先生から直々に謝って戴いたといって、みんなとても感激して、その次の週にもう一度集まり、パーティをやってくれたんですのよ・・・。だから・・・、ますます沢木先生のファンが増えちゃってたいへん・・・・、沢木先生!今後とも宜しくお願いします・・・・。」
「お恥ずかしい・・・! でも、この漆のテーブルトップは、何度見てもいいね・・・本当に!」
「皆さんそうおっしゃって下さいます・・・。」

食事のあと、『ラ・ギュウ』を出て、二人は肩を並べて六本木の交差点に向かって歩き出す・・・・。」

「この交差点でしたね。」
「ええ、先生素敵でした・・・。」
「あの時はショックだった・・・。目の前に小さなS600が走っていて・・・、モカブ
ラウンのボディが小雨に濡れて光っていて・・・。どんな奴が乗っているのか見てやろうと思って隣りにつけて、声を掛けたら、えらく綺麗な女性が独りで乗っててね・・・。 
もう、半年も前の事だけど、はっきりと覚えている・・・・・。」
「それで、追っかけて・・・・・。」

そんな、出会いの日の事を話しているうちに、二人はテレビ朝日裏のビヤホール『バードランド』に着く・・・。
「今度はビールを飲みましょう・・・・。」
「先生!、今日は、私の我がままにつきあって貰ってゴメンナサイ・・・。」
「霞のサーキットを祝って・・・、かんぱ〜い!。」
ことのほか口当りがよいビールに、ついピッチが上る霞であった。
「ちょっと気持ちが良くなってしまいました・・・。」
「センセ!、 ステキナ・サ・ワ・キ・センセー・・・!」
何やら、すっかりと大らかになり始めた頃・・・。
「いたいた、センセー・・・!」

「おお!、来たか・・・・。」
「お邪魔しま〜す。」
「先生が秋山さんとバードランドにいるから、みんなで押し掛けよう・・・と、ミーティングで決まったものですから・・・。」
「全くひどい奴等だな・・・、デートの邪魔をするとは・・・・。」
「いいじゃないですか、先生独りでこんな素敵な女性を独占するのは、いけない事だと皆が申しております・・・。」
「分かった、分かった。こうなったらみんなでワーッとやろう・・!、僕のおごりだ!。みんな、好きなだけ飲んでいいぞ・・・・!。」
「ご馳走さまでーす・・・。」



十一月も後半に入り、森の木の葉がすっかり落ち、山肌がその起伏をあからさまに表わす頃・・・・。
本田技研モーターレクリエーション推進本部の横井が、秋田空港に降り立った。
今にもあられが降り出しそうな空を見上げて・・・
「ちょうど良い時期だった!、ほら、山の木の葉がみんな落ちたでしょう!、こうならないと山肌がよく見えないんですよ。この仕事は、雪の降る前が、いちばん都合が良いんですよ・・・。」

その日は市役所を最初に訪れ、寺田助役の出迎えを受けたあと、担当の者から候補にあがっている場所3か所の説明を受ける。
初日、候補地Aを視た横井は・・・
「まあまあですね・・・、ただしゴルフ場が比較的近いのと、高圧線が上をまたいでいるので、あんまりお勧めはしませんね・・・。」
というものであった。
翌朝は、候補地Bに向かう。 市役所の差し回しのワゴン車から下りた一行は、用意されていたゴム長靴に履き替えて、山奥深く踏み込んで行く・・・。
予定地の中程迄差し掛かった頃、見通しの利きそうな山を選んで昇り始める。
高さにして100m程の頂からは、周囲の地形がよく見える。

「候補地Cは、面積が小さすぎて問題になりませんので、とりあえず、A地点とB地点では、こちらのB地点の方が良いでしょう。 少しばかり、土砂を運び出さなければなりませんが・・・。」
ある程度の結論を出しながら帰る途中・・・・
「良いところですねー、市街地からこんなに近いのに、まだこんなに静かな山並みが残っていたんですね・・・。」
「羨ましい限りですよ、霞さん! 是非この秋田に若者がたくさん集まる、世界一のサーキットを造りましょうよ・・・・。」
一同、しっかりと頷いて気持ちを固める・・・。
と、その時・・・!
「霞さん!、ちょっと見て下さい・・・、そこを・・・、ほら、この左側の沢を・・・。
いいなー、実に良い!。 こんな地形が良いんですよ・・・。」
「ちょっと運転手さん! 止めて貰えませんか・・・?」
慌てて車を止めると少しバックして、問題の沢が見える位置迄車を戻す。
地図と照らし合わせて、その沢の位置を確認する。
「東台沢・・・・・か・・。」
「なるほど、地形が細長くなっていて、しかも県道が近くを走っていたものだから、候補地から外されていたんだ。」

「ここが良い!、とても良い!、ほら馬蹄形になっているでしょう、それにほら、この山の落差は80mあるでしょう。これが防音壁になって周囲に音が拡がるのを押える役目をするんです・・・。まったく持って来いの地形だ・・・!。」
「全国で60か所くらい見て回りましたけど、こんなに自然の条件が整っている所は初めてです。まるでサーキットにする為に残されていたみたいな地形ですよ、まったく。」
「良かった・・・!、いい場所が見付かって・・・・。」
「最高ですよ・・、まさかこんな良い所があるなんて・・・。 実を言うと、どこに行っても、条件が整わないのに、無理をして造っている方が多いんですよ。」
「この場所にサーキットが出来たら、それこそ世界一も夢でなくなりますよ、本当に。」
「本当ですか・・・?。」
「皆さん御存じないかもしれませんが、今、世界中のサーキットを展戦しているF−1グランプリ等でも、サーキットそのものは結構お粗末な所も多いんですよ・・・。」
「第一ここなら全て山の斜面に囲まれているから、まるで甲子園球場のように、スタンドからコースの大半が見下ろせる事になりますよね。 そんなサーキットは、世界中に一つだってありませんよ・・・。」
「これは見る側には、とても大きな魅力なんです。 とんでもないサーキットが出来ますよ・・・。皆さん!、是非ここに世界一のサーキットを造りましょう・・・!。」
横井の説明は、非常に的を得ていて、皆、すっかり納得するのであった・・・。


つづく・・・

 

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